綿 (仮) -第2話-
- 第2話 -
映画館を後にして、ハナちゃんは来た道を戻っているようだった。
「あの…これ、ありがとう。なんだかごめんね?」
ようやくハンカチを貸してくれたことのお礼が言えた僕。
「ふふ、一体何に対してごめんなのか分かんないなぁ〜?とりあえずそれ持ってて?」
行き場を失ったハナちゃんのハンカチをそっとポケットにしまう。
その時カサカサっと指先が何かに当たる、と同時にシュンの顔が浮かぶ。
同じポケットに入っていた"先客"を指先で触れて僕の指は行き場もなくとても気まずそうにどぎまぎしていると、
「よーしっ、ヒカルくん、2人で2次会しちゃおっ!」
そう言って僕には有無を言わさないスピードでカラオケに入っていく。
2人でギリギリといえるほどの狭い部屋に通された僕ら。
"ちょうど良い広さ"を目の当たりにして、妙に生々しさを感じていた。
そうか、僕ら2人きりなんだ…って。
女の子と2人きりになったら何したらいいんだっけ…?
頭ばかりがフル回転する。
ニコニコで曲を選んでいるハナちゃんがずいぶん大人に見えた。
僕らは同い年だし、お互いいい大人だけど、こんなにも差があるものか…
「ヒカルくん、さっきみんなといる時、自己紹介でバンドして歌ってる、って言ってたよね?歌ってほしいなー!」
あぁ〜…そんなこと言ったなぁー…前にシュンから、アピールポイントになるから隠さず言えって謎に指導されたから言ってるだけなんだけど…
「あたしの好きな曲…これ知ってる?」
僕が歌えるのかどうかはさて置いているのか、もうイントロが流れ始めている。
あぁ…この曲か…
「うん、この曲すごい好きだよ。」
歌ってみせた。
くるりの"東京"という曲。
田舎から上京してきた僕には思い入れの強い曲だった。
時々ハナちゃんの様子が気になって横目で見てみるんだけど、ただ静かに隣で聴いてくれているみたいだ。
終盤の合唱するパートを、ハナちゃんは身体を左右にゆったり揺らしながら一緒になって歌ってくれた。
パーパーパーパラッパー
パーパーパーパラッパー…
とても一曲目に歌う曲ではないんだけど、ハナちゃんはご満悦だったようだ。
「ヒカルくん上手だねー!聴き入っちゃった、もっと歌お!」
そう言ってこの後も、この曲知ってる?と聞かれて歌う、を繰り返した。
僕が知らない曲はハナちゃんが歌ってみたりして。
透き通って綺麗な歌声なんだこれが。
残り30分くらいになった頃、ハナちゃんがソファーの背もたれに寄りかかって、僕に言った。
「はぁーーっ、合コンって何だか気の合わない人ばっかりだったんだけど、初めてすごく楽しい日だったー!」
そう言って、僕の目の前にぐいっと近づいてきた。
急接近だ。
僕も同じ気持ちだよ。
おもむろにポケットからハナちゃんのハンカチを取り出して、きゅっと握ってみた。
それをハナちゃんがどう見てどう感じたかは分からないけど、もう息遣いも伝わってくるほど近くにハナちゃんがやって来ている。
そっと、ハナちゃんの頬にキスをしてみた。
僕にとっては一世一代の覚悟というやつだ。
僕とハナちゃんの間の空間だけが、まるで時が止まってしまったようだった。
嫌われてないかな…よぎるのは不安ばかり。
そして隣のブースからは調子外れな歌声。
今、もう一度なけなしの勇気を出すことができれば、ハナちゃんの唇にキスすることだってできる。
でも、僕はこの人を大切にしたいと思ってしまった。
あと少しの強引さを引き出すことができそうになかった。
…その時、沈黙は破れる。
「ヒカルくんでよかった。」
唇にふかふかした感触が触れた。
そして強く重なった。
またひとつ、彼女に関して知らないことを知ることができた。
でも、僕はハナちゃんにばかり行動させている、と強く反省した。
言わなくちゃ、はっきりと。
こういう時に過去の失敗が浮かんでくるあたり、僕の性格は面倒だなぁ、と思う。
…そうだ、思っていることを伝えることが大事なんだと学んできたじゃないか。
でも、無情にも退店時間を知らせるインターホンが鳴り、僕らは会計をし、駅前で別れてしまった。
この時の情景はスライドショーのようにしか思い出せない。
それだけ頭をぐるぐる巡る想いがあった。
ハナちゃんはどういう想いだったのだろう。
僕が別れ際、勇気を出してようやく言えた言葉は、
「僕も、ハナちゃんで良かったと思ってるよ。」
それだけだった。
抽象的にしか表現できなかった。
ハナちゃんはくしゃっと笑って、改札を抜けて雑踏の中へと消えていった。
- 第2話 終 -